料理は好きですが、お世辞にも料理上手とは言えないぽんこつです。
中学生の頃、渋谷の『壁の穴』で食べたたらこやイカや納豆のスパゲッティ、六本木『シシリア』のパイピザやキュウリのサラダなどに衝撃の旨さを体感したことを覚えています。あ、あと学校帰りのサイゼリヤも忘れられません。
若いですからそんなにお金もなく『シェーキーズ』の食べ放題でペターっとしたピザや味のぼやけたスパゲッティ、やけに塩辛い部分と味気ない部分が入り混じってる輪切りのしなびたポテトフライなんかもたらふく食べました。このポテトが妙に旨い。
いにしえの若者目線で言うとイトーヨーカドーとは次元の異なる、ここはクラブかってぐらい薄暗いフードコート『渋谷プライム』でもパスタ系は人気でしたね。令和の今も健在ですが昔はワンフロアに小さなお店がたくさん並んでいて、お財布に優しい場所でした。
『シェーキーズ』はチェーン企業としてアメリカが本場ですが、本来ピザやパスタはイタリア発祥グルメで今や日常の食卓でも欠かせないひとつのメニューではないでしょうか。
時は移ろい20代になって初めて実家を離れて暮らし始めた頃、相変わらずお金は無くて(これは現在進行形)自炊に明け暮れる毎日でした。
料理のレパートリーもそんなになく、仕事に忙殺される平日は納豆・豆腐・焼き魚・なんかの肉を焼いたの煮たの・野菜炒めと汁もの程度のローテーションを繰り返していましたが、休日はビーフシチューや餃子、コロッケなど少し料理に時間をかけて楽しんでいました。
もう少し料理のレパートリーを増やしたいなぁと思っていたころ、本屋で衝撃的な出会いを果たします。それが落合務シェフのレシピ本。
今現在、重版を買いなおしたものの当時購入した本が手元にないことはとても残念なのですが、このレシピ本によって料理の幅や知識が豊かになったのは確かです。
今でこそ、有名店のシェフがこぞってレシピ本を出版しているものの、20年以上前の当時ではお店で実際に調理している手順やコツ、技術を盛り込んだレシピを公にさらけ出せるプロの料理人は落合シェフしか居なかったと記憶しています。
プロでなければ揃えられない材料も代替提案しつつ小難しいこともフランクに伝わるように記され、ぽんこつにとってはバイブルのような大切なレシピ本でした。
中でも衝撃を受けたレシピ、それはカルボナーラ。先の記事にもありますが、まったりしたものやこってりしたものが大好きなぽんこつには絶対にはずせないパスタです。日本人好みに合わせてかカルボナーラは生クリームで仕上げるレシピが横行している中、生クリームを一切使わない本格的なレシピでした。確か、当時のレシピ本では「みんな本当のカルボナーラを知らない。」というようなことが書かれていた気がします。
カルボナーラは日本で言うところのTKG・卵かけご飯てポジションでしょうかね。ぽんこつも大好きです。何を血迷ったか高級な卵でTKGを食べたい欲に駆られ、普段は絶対に買えない1個500円もする烏骨鶏の卵と下総醤油で磨きたて炊きたてのご飯で食べたことも。もちろん、烏骨鶏の卵でカルボナーラは作りません。失敗したら立ち直れなくなる。
卵かけごはん、美味しいですよね。でも、最近は卵白にしっかり火を通して卵黄だけを生で食べています。どうやら生の卵白には薄毛になる成分?があるとのこと。皆様もお気を付けください!
カルボナーラで使う肉はたぶん、パンチェッタでもグアンチャーレでもなんならベーコンでも良いのでしょう。旨味を増幅させるチーズもパルミジャーノ・レッジャーノでもグラナ・パダーノ、ペコリーノ・ロマーノ、どれも手に入らないのならばクラフトのパルメザンチーズでも良いのです。コショウはさすがにテーブルコショウでは少し寂しいかと思うのであらびき黒コショウで見た目のカーボン感が欲しいところです。
ま、美味しいと感じる素材なら何でもオッケーてところかと。
塩気も旨味もパンチも肉とチーズとコショウに任せておけば何とかなる。ただ、パスタと絡み合うあのトロリとした滑らかな黄金色のソースを完成させるのは唯一、卵の火入れテクニックのみ…。
当時のレシピでは肉はパンチェッタ、チーズはペコリーノ・ロマーノと書いてあったのでデパートまでもちろん走りました。パンチェッタはデパートで仕入れられたものの、ペコリーノ・ロマーノが手に入らずまだまだ発展著しいインターネットを駆使してやっと見つけたお店が神楽坂にあるチーズの専門店「アルパージュ」。確かオープンしたばかりだったかな。
パルメジャーノ・レッジャーノは生ハムと共にどこのデパートでも買えましたが、ペコリーノ・ロマーノはなかなか見つからず出会えた時は感動すら覚えました。最近はどこのデパートでも豊富にチーズを扱っているから嬉しい限りです。
が、しかし。
仕入れた材料でレシピを参考に何度となく挑戦するもやっぱり火入れが非常に難しい…。卵に火が入り過ぎればモロモロでボソボソになるし、そうなることを恐れて中途半端な火入れで仕上げシャビシャビになったり。パスタとソースの一体感がまるでない。
僕がやる通りに作れば何も難しいことは無いし、絶対に失敗しないはず。
出典:落合務のパーフェクトレシピより一部抜粋
どんなにこってりがお好みでもさすがに毎日、毎週は食べられないのでフと思い出しては挑戦するの繰り返しから20年。この落合シェフのレシピから、そこそこ美味しいときもあるって程度で納得のカルボナーラの域には未だ達していないぽんこつです。
久しぶりに作ってみようかしら。
普段テレビを全く見ないのですが、これまた古い話で10年以上前にたまたま実家かどこかで見かけた番組に落合シェフが出演されていました。
いわゆる勝ち抜きお料理コンテスト!的な、プロではない方(自称料理家なども含まない)のオリジナルレシピで本人の手によって調理した料理を、審査員が試食して判定するコンテスト番組でした。確か応募の段階でも全国の多くの方が参加され、ふるいにかけられ、優勝者への懸賞金とか贈呈の品もけっこうなものだったと思います。
ぽんこつが目にしたのはその最終決戦です。調理終了までの制限時間があとわずか15分あるかないかのタイミングでメインディッシュの調理仕上げに緊迫するムードとバックミュージック。数名の出場者がそれぞれのキッチンブースであたふたとしながらも緊張感が走る映像でした。
調理もいよいよ大詰めとなると、カメラワークはどうしても盛り付け調理に震える手元や慌てすぎてひっくり返ったボウルなどでシッチャカメッチャカになったシンク、仕上がりが心配になるオーブンなどに向きがちですが、それらの映像と共に出場者には聞こえない審査員の声をマイクが拾います。この声は参加者の中でも特に慌てふためきながらお肉を焼いている女性の手元をカメラがとらえている時だけに聞こえてくるのです。
「あっ!あぁ~…、あんなにお肉いじっちゃったらもったいないよ~!」
「あっ!どうして!どうして?なんでそのお肉またひっくり返しちゃうの~!さっきもひっくり返したばかりじゃない!」
「そんなにしたら、お肉の旨味が全部出てバサバサになっちゃうよ~!」
「もうやめて!お肉いじるのやめて~!お願い~!(懇願)」(と言っていたと思う。)
と、美味しいお肉の代弁者か?というほど、どうにもお肉いじりが許せず、たまにカメラに映る声の主は…頭を抱え眉間にしわを寄せ、机をガタガタさせながら悲痛な叫びをあげている落合シェフ。
全ての工程と盛り付けが済み、いよいよ試食タイム。落合シェフ以外にも有名シェフや有名調理学校の先生などで構成された審査員が、それぞれの評価と意見交換を行います。
緊張の審査結果の発表は…。どの審査員も納得の満場一致で決勝を勝ち取ったのは落合シェフがお肉の代弁者になったお肉いじりの女性でした!しかしその後、各審査員からの祝賀・アドヴァイスのひとコマで落合シェフが苦言を呈されていました。
「あなたのレシピアイデアは素晴らしい。異なる食材同士の組み合わせもメニュー全体の構成のバランスも称賛に値する。でも、あんなにお肉をいじりまわしたら全て台無しになる。調理をする上で焼く・煮るが担うことはその言葉通りのものだけじゃないんだ。焼いても煮ても構わないが、お肉をあんなにいじりまわしてはいけない。手早くしっかりと均一に火を通したくて手が動いてしまうのは理解できる。しかし、いじればいじるほど旨味を含んだ水分が流れ出し、どんなに美味しそうに仕上げても、お肉はパサパサにしかならないんだよ。」と熱弁を繰り広げていました。(と、いうようなことを言っていた気がする。)
この番組で初めて動く喋る落合シェフを拝見したのですが「正直で面白い人だなー。」と感じたのと同時に「あぁ、落合シェフは素人の作る料理であっても、作るからにはベストなところまで昇華させたいんだなー。」と思いました。
んー。とっても感慨深い。この感慨深さはまた別の記事で書きたいと思います。
約20年前に手にしたレシピ本にはそこまでの強い言葉をもって表現されていることは無かったと記憶していますが、4年前(2015年)に改めて買い求めたレシピにはそんな落合シェフのメッセージがそこかしこに溢れています。
本でもテレビでも料理教室でも、僕の料理のコツとタイミングを説明しながら教えるたびに「ええーっ!」とみんなが言う。でも俺、本でもテレビでも料理教室でももう10年くらいこれ教えてるぜって。あなたたちを驚かせるために、僕はこれをやっているんじゃないんだよ。だから僕はきつく言う。じゃないとみんな真剣に聞いてくれないから。
出典:落合務のパーフェクトレシピより一部抜粋
誰も公にしようとしてこなかった有名店シェフのお店のレシピやコツ。今でこそネットサイトでシェフのゴハンと称するレシピも目にすることがありますが、よく読めば大まかな流れしか書かれていないし、細かな下ごしらえや火加減、調味料や食材投入のタイミングなど大事なコツが全く書かれていないものが散見されます。
モノを作る仕事に携わっていると、その手法や細かな工程を言葉に、または文字に変えて表現することが苦手とする方も多いのかなと思います。まぁ、いわゆる職人たちはカラダで覚えて今があるということですよね。そんな中でも読み手に伝わるよう、何度も、時には言葉を変えて時には厳しく発信し続けている落合シェフ。
いい素材よりも「腕」です!
その「腕」とは「経験」「知識(=理屈)」「技術」の3つ。「経験」「技術」は実践あるのみ。繰り返し作ること。でもそれも、ただ作ればいいってもんじゃなくて、そこに「知識=理屈」が加わるかどうかで料理の上達は全く違ってくる。
出典:落合務のパーフェクトレシピより一部抜粋
これはぽんこつの勝手な見解ですが、落合シェフは彼自身が経験して体感して知った「美味しい!」という感動を一人でも多くに知ってもらい、その「美味しい!」を上手に作ってもらいたい!という思いで発信し続けているんだと思うのです。
「美味しい!」は作る人も、食べる人も幸せな気持ちにさせるから。
シェフ自身、自分の言葉で発信し続けてもどうやら伝わっていない。では、どんな言葉・どんな表現を持ってしたらこの知識や理屈は伝わるのだろうか…。たぶん、落合シェフは令和元年現在でもこの伝わらなさについて深く悩んでいるのではなかろうか。
20年も前に初めての出会いを遂げた落合シェフのレシピ本。こと細かに調理のプロセスがうるさいほど書き込まれています。なので、優しくされないとイヤって人には向かないかもしれません。ぽんこつはドMではないですけど、このくらいぶっきらぼうな物言いをされたほうがモチベーションあがります。
テレビで見た、あの時の落合シェフの熱心な叱咤激励が聞こえてきそうなほど、伝えたいことで溢れています。やっぱ、バイブルだわ。
決して身を削ってレシピの安売りをしている訳ではないことは、落合シェフのお店が今なお予約でいっぱいのレストランであることが証明してくれています。クッチーナ(伊:台所、ダイニングの意)と冠して家庭的でカジュアルなそのレストランはどんな有名店にも負けず劣らず令和の今なお予約でいっぱいです。
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